年間の授業レポート2018-2019

「答えではなく、問いをつくる」

約半年間かけておこなわれた授業の大きなキーワードのひとつが「答えではなく、問いをつくる」ということ。インタビューの質問づくりも問いづくりのひとつだ。

授業の序盤、生徒はまず、時計、カレンダー、蚊取り線香、楽器、瓶、傘、といった、日々の生活で使い慣れたモノを配られた。「それはどんな問いから作られたか?」と、つくった人の気持ちを考えていくのだ。

「瓶は『大切なものを保管するには?』という問いからつくられたのでは?」などとはじめからすぐに書ける生徒は少数。普段なにげなく〝モノを使う側″として生活していると、つくった人の気持ちになって考えるという切り替えはなかなか難しい。

それでもそこは頭が柔軟な生徒たち。ほかの生徒と話し合いながら、「かゆみとおさらばするには?」「蚊を楽にやっつけるには?」「夏を快適に過ごすには?」(いずれも蚊取り線香についての問い)と、にぎやかにそれらのモノがつくられた動機となる問いを出し合っていく。

その授業の終わりに、「ではモノの裏側にある問いが想像できたうえで、未来の布団はどうつくる?あるいは未来の冷蔵庫や車は?」と問いかけると「空調つきのカプセル型の寝床!」「ネットで注文できて勝手に補充できる冷蔵庫!」「燃料が水の車!」とユニークな答えが次々と飛び出し、教室はたちまち笑いに包まれた。

「自由」とは?「幸せ」とは?

授業の中盤のある日には、実際に海外にある、〝昔ながらの伝統を守るためによそとの関わりを最小限度に制限している島″をお題にして、さまざまなワークによって考えを深めたあとで「自由」と「幸せ」について各自が自分の結論を導き、書き出していった。

 

「自由が無ければみんな同じような人間になってしまって、つまらない世界になるけど、好きなことを好きなだけやっていいというのは違う。また、悪いことに幸せを感じる人もいるかもしれないので、そんな自由なら無いほうがいい」

「自由にも、体の自由と心の自由がある。自由とは楽しいことをすること。幸せとは嫌なことから解放されること」

「自由になったとしても、幸せになれるとは限らない。自由になったと思っても、その人の知っている範囲の自由でしかない。個人が幸せでも、その行動が周りの人が不幸せにするものではいけない」

 

これらは12~13歳の生徒たちが書いたものの、ほんの一部。『「自由」と「幸せ」について自分の意見を書こう』と言われて、いきなりここまで書ける人は大人でも少ないはず。生徒たちに自分の考えを深めさせたのは、授業で大切にしてきた、生徒同士の「対話」の時間だ。

『房総すごい人図鑑』の授業では、数人で班になったときも、ふたりでペアをつくったときにも対話がおこなわれる。対話のルールは「ゆっくり話す。ゆっくり聞く。ゆっくり考える。最後まで聞く。すぐに結論を出さない」ということ。事前に軽いテーマで対話の練習をおこなったものの、最初のうちは生徒の反応もさまざま。

なかなか自分の思いを言葉にできなかったり、言葉にすることに照れがあったり、ふざけあってしまったり、意外とあっさりと対話が終わって沈黙してしまったり。それでも毎回何度も同じやりかたでテーマだけ変えて対話を繰り返していくと、少しずつ生徒にも変化が。

自分と考えの違う相手の話をお互いにじっくり話し、じっくり聞くことで、自分の考えもどんどん深まり、もともと仲のいい生徒同士でも新しい発見があった様子。

またあるときには、アメリカに実在する〝富裕層が独立した町″をお題にして、まずは独立した富裕層と残された貧困層のそれぞれの立場になって考え、続けて「自分」と「ほかの生徒」の考えを混ぜてディスカッションしていった。このテーマにももちろん答えはない。

「みんなが気持ちよく暮らすには?」「公平ってなんだろう?」「税金を一律にしたらいいのでは?」「貧困層はなんで貧困なのかな?」と、生徒はさまざまな人の気持ちに寄り添ったまちのありかたに思いを巡らせていった。

柔軟にものごとを見るためのストレッチ

ゲストを招いてのインタビューをおこなうまで長めに時間をかけてやってきたことは、さまざまな角度で柔軟にものごとを見るためのストレッチ。自分の頭で考え、ほかの生徒の考えを取り入れてお互いに学び、ものごとの良い点だけでなく悪い点にも目を向けるなど、課題にぶつかったときにしなやかに対応できる力を身につけていった。

そんな練習をしてきて、いよいよ地域の方を招いて生徒たちによるインタビュー。大きな拍手で出迎えたゲストの大人に対して、事前に発散思考と収束思考のワークで厳選した質問を投げかけていく。いつもの生徒同士の対話とは勝手が違うようで、緊張がこっちにも伝わってきた。

ゲストの大人側も、大勢の生徒に囲まれる環境で、どんな質問が来るのかを知らされないなか、すべてアドリブで答えるというのはほぼ初めての経験。「座右の銘は?」「お給料はどれくらい?」「〇〇さんにとって、仕事とは?」。生徒からは答えるのが難しい質問も飛ぶ。「じゃああなたはどう?」と問いかけられて、生徒も一生懸命答える。

やがてコミュニケーションの量が増えていくにしたがってお互いに親しみが増し、笑顔も増え、なごやかな空気になっていく。生徒は「いつも通る道で、看板だけで知っていたあそこの人はこういう人で、こういう思いで仕事をしているんだ」と知り、ゲストの大人はすぐ近くの学校の生徒たちを知り、日常で聞かれない質問によって、地域における自分の仕事の価値を見つめなおした。各回ともに、生徒は好奇心を胸に「問い」や「疑問」を持つことから、いきいきとしたコミュニケーションが生まれていた。

後日、ある学校では学年の生徒全員からゲストの方へのお礼の手紙が届けられた。そこに書かれていたのは、「次に会ったら〇〇について教えてほしいです」「今度会ったらあいさつします」「高校生になったらバイトさせてください」「小学校のときから存在は知っていたけど、初めてちゃんと知ることができました」「自分の家の仕事も見直してみたいと思いました」といった言葉たち。

生徒みんなが自分自身の言葉を綴っていて、それぞれになにかを得たことが伝わってくる。お礼の手紙を届けたときの、「宝物にします!」と話すゲストの大人たちの表情もとても素敵なものだった。